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その一 春を迎える、伝統と心のかたち
江戸時代から続く、京商家の家系に生まれ、町家を守り、伝統の年中行事を大切にくらす、杉本節子さん。杉本家には、代々の当主が暦にそって書き記してきた「くらしの覚え書き」があります。杉本さんの手元に残された「くらし暦」からみえてくる、春のかたちと心とは… 。京町家でお聞きしました。
杉本節子さん 杉本節子さん プロフィール

京都市生まれ。財団法人奈良屋記念杉本家保存会事務局長。
料理研究家。杉本家九代目次女。杉本家は、寛保3(1743)創業、先代まで奈良屋の屋号で栄えた呉服商(のちの奈良屋百貨店)。生家は、明治3年上棟の京都最大級の町家で京都市有形文化財。
京都や同家に伝わるくらし、行事食や伝統のおばんざいなどについて、新聞・雑誌のほか、財団主催の講座などで、継承活動を幅広く展開中。著書に「京町家のしきたり(光文社)」「京町家・杉本家の献立帖(小学館)」など。

杉本家のくらし暦「歳中覚」
歳中覚   私どもの家に伝わる、くらしの覚え書き『歳中覚』。現存するのは、天保12(1841)年より書かれたもんです。ここには、お正月や五節句、節分・土用など年中行事の室礼や献立のこと。法事や祭礼、また西本願寺の門徒としての慣わしやしきたりのこと。親戚づきあいや年中平生の決まりごとについても書かれていて、京商家としてのくらしが手にとるようにわかる、そんな帳面です。
『歳中覚』は、いまも折にふれて手にとって、くらしのお手本にしています。祖母が存命だったときもそうしてました。父も同じで、たとえば法事を営むとき帳面をめくって、「過去にどのようにしてはったか」を知る“ よすが”にしています。お正月の室礼など、ずっと歳中覚どおりに続けていることもあれば、「歳中覚によると、こうしてはったんやなあ」と家族で話しながら、小さな変化をしながら続けているくらしの行事もあります。
 
歳中覚
歳中覚 2月の行事について
ハレとケをみなおして、くらしにリズムを

いま『歳中覚』をみていると、気づくことがたくさんあります。ひとつは、江戸時代の人たちのくらしは、非常にメリハリがきいていたということです。ハレの日はハレ用の道具を出したり、衣装を着付けたり。いまは、食べ物にしても服装にしても、毎日がハレのようなケのような…。京都には「こうと」という言葉があります。地味で質素なという意味で、大きい商家ほど日常は「こうと」やったといいます。ケのきばらんでええときには、きばらんでええなりのくらし方をみなおしてみる。それによって、ハレとのメリハリがつき、くらしのリズムをつくることが大事なんやとあらためて思います。

同じことを繰り返すなかに、幸せがある

『歳中覚』が伝えている、もうひとつ大きなことは、「例年どおり、とどこおりなく同じように暮らしていくことが大切」ということ。これは「繰り返し年月が重ね続けられることに、家族の幸せがある」ということやと思います。去年どおり家族揃ってお正月を迎えるとき。七草や節分を過ごすとき。そんな時間に、しみじみ家族の健康とかくらしの安定とか、しあわせを感じますよね。
くらし暦をきちんと毎年毎年、繰り返す。それは一見、平凡な気もします。でも、イベント的に楽しむ行事とはまた別の、変わらず続けるている行事だからこそ感じる幸せがある…。そんなことは歳中覚に文字として書かれてないけども、ご先祖様はそう伝えてはるん違うかなと思います。

写真提供/財団法人奈良屋記念杉本家保存会 しつらえ:学芸員 杉本歌子さん
写真提供/財団法人奈良屋記念杉本家保存会 しつらえ:学芸員 杉本歌子さん
「歳中覚」にみる春の行事
歳中覚「行事カレンダー」

[一月一日・二日]
元旦の朝、まず家族が仏間に集まります。仏前に手を合わせ、新年のあいさつをかわしたら、台所へ。「お祝いやす」の父のひと声で、大福茶(*1)、お屠蘇につづき、お雑煮などをいただきます。歳中覚には「元旦は(中略)年始の挨拶回りをすること(後略)」という記述に加えて、訪問先が留守なら手札(名刺)を置くようにともあって、昔も今も変わらぬマナーがうかがえます。
そして二日。「二日の早朝にほうきを一本新調したのを持参して、お墓参りをすること」と歳中覚には書かれています。新年には物をよく一新しますけど、ほうきを新調とはお墓を大事にしてはったんやなあ。もちろん年頭のお墓参りはいまも大事な行事のひとつ。新たな気持ちででかけます。帰りに祇園さん(*2) に初詣。お正月らしく華やいだ清水寺あたりを歩くのが、毎年の楽しみです。

*1 昆布と小梅の入ったお茶  *2 八坂神社のこと

[一月十五日:小正月]
十五日の小正月には、小豆粥を必ずいただくことにしています。この日、左義長をする地域もありますけど、うちとこではやりません。信仰の宗派によるのでしょう。歳中覚にもその記載はないんです。
あくる日の十六日、歳中覚には「朝三宝仕舞う事」とあります。もう松の内も終わり。お正月用の家紋の入ったお椀や重箱を仕舞たり、お飾りを片付けたり。お屠蘇気分から脱して、本格的な始動モードに切りかえです。

[2月最初の午の日:初午]
初午は、お稲荷さんのお祭り。京都伏見の稲荷大社へ多くの人たちが参拝に訪れます。歳中覚には、初午の献立として「白飯、すまし汁、水菜のからし和え」とあり、初午のころ「水菜の糠漬けを漬ける事」とも書かれています。
京都では、稲荷神社の参道沿いで売られる伏見人形の布袋さんを、小さいものから毎年ひとつずつ揃え、7つ集まったら縁起がいいといわれています。うちとこには、その慣わしはないのですが、かつてご先祖様が、稲荷大社で求めたのでしょう。お台所の荒神棚には、布袋さんと弁天さん、そして代々、家人の手で撫で続けられたせいか鼻先が黒くぴかりと光るお猿さん(*1) の伏見人形が守り神として飾られています。

*1 杉本家のお猿の伏見人形は、江戸後期の陶芸家の作。杉本家・初代から4代目のころのもの。

 
この春からつくる、わが家のくらし暦

京都のしきたりや慣わしというと、何百年も続いてきたことのように思われがちですがそうでもなく、うちとこの『歳中覚』にも何枚も上書きが貼られていて、時代とともに内容が柔軟に変化してきたことがよくわかります。
ですから、年中行事を古めかしいことと決めつけないで、「今年からこれやってみよか」と楽しい決まりごとを持ってみるのもいいのではないでしょうか。わが家の『歳中覚』を今年からつくってみるのも、いいですよね。ずっと先の子孫が見てくれるかもしれないと思うとちょっと楽しいと思わはりませんか。

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